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イタリアで過ごす日々


イタリア・ミラノで夫、息子、フレンチブルドッグ♂と暮らしています。(現在育児奮闘中)
by myartrish
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Mya

il 23 settembre 2006 (dal mio diario)

Mya_f0193307_77174.jpg
昨日の夜、
寝る前にみゃーの柔らかいオデコにキス。
『また明日ね、寒くない様に寝るんだよ』

今朝、いつもより少し遅く起きたら
みゃーはいなかった。

みゃーが好きそうな場所をみんな探した。
それでも見つからなかった。







10日程前からみゃーの具合が悪かった。
食事を残すようになり、そのうち一切食べられなくなった。

先週の日曜日の朝、みゃーが1度姿を消した。
すごく心配で胸が苦しくていてもたってもいられなかった。

これからイタリアに出張に行くという恋人との出国ギリギリの電話で
『みゃーがいないの』 私は取り乱して泣いていた。
『絶対帰ってくるよ』 彼の言うとおり、それから数時間後、
みゃーは帰ってきた。


それからの1週間。
水も飲めなかったので、病院に行って点滴を受けた。
点滴をすると、歳のせいで吸収に2日間もかかった。
その間、みゃーは少し辛そうだった。
見守る私たちも辛かった。
それを2回繰り返した。

1度、生の魚と、乾燥イワシを少しだけ食べる事のできた日があった。
すごく嬉しくて安心した。
それから今度は水が飲めるようになった。
みゃーが水を飲む姿をみる度に、心が軽くなる気がした。

でも、水だけで何日も生きていけるはずがない。
母も私も口には出さなかったけれど、同じ気持ちだった。
それはすごく、辛かった。



みゃーは私が小学校3年生の時にやってきた。
同じく小学生だった兄が
『ドラ(当時最後に飼っていた猫)にそっくりな子猫が捨てられてる、
 連れて帰りたい』

その時兄は初めて一人で行っていた母の実家から電話をしてきた。
兄は小さなリュックにみゃーを隠して、
まわりの人に気付かれるんじゃないかとドキドキしながらバスに乗り、
途中の駅からは自分で走って家まで帰ってきた。


家でリュックから出てきたのはドラとは似ても似つかない猫だった。
唯一共通だったのは、『猫だ』ということだけ。

兄はどうしてもみゃーを連れてきたかったんだろうと思う。
リュックの中をみゃーは汚していた。
怖かったんだと思う。
みゃーも必死だった。


生後2週間程度だったみゃーは、ダンボールをとても嫌がった。
その状態で飼い主に置いていかれたのかもしれない。
(捨て猫とは今でも思っていないのだけど。頭が良いから
  自分で散歩しちゃってたんだよねって言い聞かせていた。
 捨てられたなんて悲しすぎるから。)

   みゃーは、お宮にいたから 『みゃー』 という名前に決まった。
   鳴き声も 『みゃー』 だった。

最初、みゃーはなんでも食べた。ミカンでも梅干でも何でも。
偏食なのかと心配もしたけれど、
後に、あの頃のみゃーは生きるために必死だったのだと思った。

あれから約18年。
私たちの成長をずっと見守ってきた みゃー。

小学校の卒業も、中学校も、高校も、そしてアメリカの大学も。
アメリカから帰国するたびに、次、日本に帰ってきたときに、
またみゃーに会えるかなってすごく妹と心配した。

   『もしもみゃーが天国に行くのなら、
    私たちがいないときにそっと行って欲しい』

そんな風に考える事もあった。
それくらい、みゃーが苦しむ、とか、痛い思いをするのを
見届け、受け止める自信が当時の私達にはなかった。

でも無事、私たちの大学卒業まで、みゃーは居てくれた。
兄が結婚し、赤ちゃんが生まれても、みゃーは居てくれた。

兄に恋していたと思われるみゃーは、
兄の愛娘を不思議そうに少し悲しそうに見ているようにも見えたけど、
そーっと手を伸ばして おそるおそるみゃーに触れる兄の愛娘を、
みゃーはじっとして怖がらせないようにしていた。

出来れば私や妹の赤ちゃんもみゃーに見て欲しかった。
きっと不思議そうに、においを嗅いだりするんだろうな。
そしてきっと猫好きになるであろう、未来の赤ちゃんは、
そんなみゃーのことを大好きになるんだろうな。


書いていてちょっと涙が出てきた。
みゃーは今も帰ってきていない。
もうすぐ日付けが変わる。
どこで何をしてるんだろう。

1日、考えないようにしていた。
きっといい天気だし、気持ちよく日向ぼっこしてるんだろうって。
痛み、苦しむことを恐れていたのはこっちのほうだった。
みゃーは今いったいどんな気持ちでいるんだろう。

動物と一緒に住むということ。添い遂げるということ。
これは経験したことのない人には分かりずらいと思う。

みゃーをペットだなんて思っていない。
家族の一員。
ほかの猫たちだってもちろんそう。
私の家では5匹の猫が産まれ、
その2倍以上の猫・犬達がもらわれたりしながら私達の家族になった。
(命をお金で買ったことは一度もありません)


今現在いるのは みゃーと ちろ。
他の約20匹の一生を最後まで家族で見守ってきた。

自分より圧倒的に小さく、弱い存在。
その存在にどれだけ力強く助けられてきたことか。

自分の産んだ子を殺してしまう母親がいる。
そういう人は本気で自分より弱い存在と向き合った事がないと思う。
可愛い可愛いと、簡単に流行の動物を飼う(買う)人。
そういう人ほど、その重みを知らないのだと思う。

話がそれてしまった。
私はみゃーが居たから助けられたことが数え切れないほどある。
何も言わず、みゃーはいつもそばに居てくれた。
私の元気がない時は、ふっと現れて膝に乗り悪さをする。
私は慌てて『こらっ』っと注意をする。
もうその時は落ち込んでいたことを忘れている。

みゃーはそうやって家族の全員を元気にしていた。



また明日の朝ふっと帰ってくるのか、それは分からない。
ただ何があろうと、私はいま後悔していない。
みゃーを心の底から大切に思って、愛しているって
みゃーに正面から言える。
そしてみゃーもそれを分かっててくれると今信じていられる。

みゃーが『この家族の一員でとても幸せだよ』 と、
今どこかでそう思っていてくれることを祈ります。

長くなりました。
一緒に見守る家族がいたから、今この気持ちになれています。
数日間本当に辛かったけれど、今は大丈夫。
穏やかに時間の流れを受け止めます。

みゃー、また会おうね。

by myartrish | 2008-09-23 15:00